丹波ほっこり農園Blog

三和ぶどう、野菜、養蜂、加工食品

そろそろ房が・・・

   葡萄の新芽が出揃いました。

    房を付ける新枝だけを残し余分の新枝を取り除く「芽かき」作業が一昨日で終わりました。

   来週からは新しい枝に付いた房の元になる花穂をひとつだけ残して、ひとつひとつを小指の長さ程度に房の原型づくりに入ります。      また、房が上手く垂れ下がるように新枝を支線に誘引します。

   月末には花の開花状況を見極めて、種無しにし、成長を促す処理(「ジベレリン」)をひとつひとつの房に二回、一定の日数を経て行います。

   来月からは、出荷する時の房のイメージで粒を間引いていきます。そして、ひと房毎に袋掛けをしていきます。

    今年は約8000房にこれらを施します。

   この間にも園内の雑草は容赦なく伸びてきますし、雨が少なければ水やりをして病害虫にも気を配る必要があります。

   これからが葡萄の仕事の最盛期です。

   葡萄が店頭に並ぶ時に値が張るのも納得してもらえるのではないでしょうか。

    野良仕事 あれもこれもと 日永かな(呆悦)


f:id:tanba-hokkori-noen:20170517070444j:image

燻べの技法

   春も畑の回りの樹木の枝が伸びてきますので、切り取る散髪をし、農作業の一環として畑の片隅で燃やす「燻べ」をします。

    燃える生木が「パキュ、パキュ」と音を立て白い煙が風に彷徨う様が大好きです。

    生木を燃やすのは結構難しいのですが、それなりの技術があります。これからキャンプシーズンです。参考にしてください。

   最初はあせらずしっかりと火元を作り、太い枯れ木に火を着けます。これを「下くべ」といいます。

   それに火が着くとあとは、枝分かれの枝を切り取り、木と木の間に空間を作らず、次から次へと枝を燃えている火の中に放り込めば、生木だろうが勢いよく燃えていきます。

   ときには隙間のできた火床を棒の先でかき混ぜやる管理を怠らないことです。

   地域づくりにこの「燻べ」のひとつひとつの技法が活かせると考えています。

   このことは以前にフェイスブックに書いたと思いますので省略しますが、この燻べの合間にゆっくりたばこを吸いながら、ゆったりと流れていく時間が至福の時です。

 

   紫蘭咲く  里でばったり  懐かしや(呆悦)

f:id:tanba-hokkori-noen:20170516020157j:image

「なんもないところやさかいに・・・」

   今日はバイクで朝来市の白井大町藤公園に出掛けました。朝来市といえど夜久野の直ぐ隣です。

   藤の見納めしたいために大阪や神戸から来る車で入口は長い渋滞。

   見事な藤が垂れ下がり、ほのかな香りに誘われてヒトとハチが群がっています。

   野暮な話で恐縮ですが、入園料500円、1日2000人来場として100万円が公園を管理している管理組合に入る訳です。

   先日、「過疎の象徴の花」と紹介した藤がこの公園では金を生む花になっているのです。

   管理費用や交通整理の経費も掛かり、来場する車のトラブルなどあると思いますが、何にもなかった集落が、この厄介者の藤が地域にお金を落とす花になったのです。

  地域の資源は何か。村づくりは何かを考える半日でした。

    花麗し サングラス越し  妹笑ふ(呆悦)


f:id:tanba-hokkori-noen:20170515050230j:image

 

「農」と会社

   昨日は体力を使うお仕事をしたので、ブログを書けませんでした。

  さて、そもそも「農」とは、「土地を拓き耕すこと」から派生し、「耕した土地に種を植え作物を栽培し収穫すること」であるようです。英語ではagriculture(耕す)ということになります。分解すると「agri土地」の「culture文化」となります。

   毎日、会社の従業員として農業に携わっていると、果たして従業員としての勤務体制で「農業」ができるのかとふと考えさせられます。

   土地(農地)の文化すなわち歴史を熟知した上で生きている作物を栽培するということが、農業の基本と考えます。

   まずは、農地の歴史(開拓前は山だったのか、川だったのかとか、これまでの肥料の種類と蓄積量、作付実績、風当たり、水はけ、日照状態など)   を従業員が人事異動で人が替わることで全て熟知できるのでしょうか。

   次に、生きている作物を栽培できるのか、日々刻刻と変化する気象条件に対応した作業が勤務時間が決まっている従業員で対処できるのでしょうか。

   基本的には無理だと思います。そこを誤魔化しながらやっているのが、大方の会社営の農業だと思います。

    農業は会社営に向かない仕事だと断定するのには早計過ぎるのかも知れません。もう少し今後の実践例を見ていきたいと思います。

   蛙鳴き 夜明け知らせる 霧に濡ぬる


f:id:tanba-hokkori-noen:20170514114004j:image
 

実用的な樹

  風が吹くとパタパタと音を立てる棕櫚の葉。その下に咲く花はグロテスクな形をしています。

  まるで「粟おこし」のような呈をしています。

  棕櫚は、田舎の農家の庭先には植わっていることが多く、成長が遅く寿命が長いため、以前に古老から「隣地との境界線の目印に植えられていた」と聞いたことがあります。

  樹自体は美しくもないが、田舎では実に実用的な植物なのです。

  葉は裂くと紐として活用でき、幹の表皮は糸状態なので縄や箒に加工し、よく使いました。

  今は工業製品にとって変わりましたが、田舎の自然のものを上手く活用する術は学ぶところが多いのです。

  街中の子どもにはイメージできないことが田舎では小さい時から自然のものを上手く活用する体験ができる魅力があります。

 

  人知れず  咲き誇るかな  棕櫚の花  (呆悦)
f:id:tanba-hokkori-noen:20170508190259j:image

農村の「士農工商」意識

   久しぶり聞く「士農工商」の話しです。

   江戸時代はこのランクの意識付けで庶民を統治してきたところですが、現在の「農」すなわち農民の意識について考えてみたいと思います。

   ほとんどが零細農家の山間農村においては、今も農家(兼業農家を含む。)には、この「士農工商」意識が連綿と続いていると感じています。

   もちろん、現在は「士」は存在しないので、「農工商」について論ずることになります。

   まず、「農」の中でも農業知識と一定の農地を持ち、毎年、一定の収穫量を確保している農民は篤農家として村中から尊敬の念で崇められています。収穫した農作物は派手に宣伝して売りません。静かに一定の昔からの取引先に出します。

   次に「工」は昔でいえば、鍛冶屋さんや大工さんなどの職人。今では工務店あたりでしょう。農民を対象に農具の修理や家普請をします。これも派手な宣伝はせず、静かに仕事をとってきます。この人達は農民のために仕事してくれますので、二番に高い地位にあります。

   そして、最下位の評価が「商」であります。すなわち、商いをする人を低く見るというより、農民は商売人を毛嫌いするのです。

    江戸幕府の統治政策は意図的に身分制度を導入し、庶民に意識付けをしてきましたが、それとは別次元で農民の肌感覚としての評価基準があったのです。

   では、商売人を毛嫌いする理由はなんなのだろうか。

   農民はその農村において毎日、コツコツと泥まみれになりながら働き、少ない稼ぎをしています。

   一方、商売人は、農村からまちにこぎれいな格好をし出掛け、口八丁手八丁で商品を動かし大きな額の取引をする。ときには、派手な宣伝をして人を呼び込み静かな農村が騒がしくなる。

   山間地の農村の自然のなかでは、地道にコツコツが一番重要な要素と考えられてきました。

  その中で、このような商売人の生き方自体が農民の肌に合わないと感じるようになり、商売人を毛嫌いするようになったのでしょう。人生観が百八十度違うのです。

   この綿々と続く意識の中で、農村で石を加工、販売する株式会社の農業事業部門の「丹波ほっこり農園」は、村人からは醒めた目で見られているのは、昔からの村意識からすれば当然です。

   当園としては、そんな社会の中で地域と共生しながら、株式会社の一部門としては、利益を上げなければなりません。

  当園は、今度とも、この昔からの因習めいた意識社会に一石を投じて新しい農村づくりを目指すとともに、あせらず地道に農業を営み地域に理解を得ていく努力も続けていくつもりです。

   なお、株式会社が農業参入を長い間認めて来なかったのは、今までお話ししました農村の「士農工商」意識社会があったからが、一番の理由ではなかろうかと思っています。

    方言や  長老達の  春会合(呆悦)


f:id:tanba-hokkori-noen:20170511050404j:image

 

赤子の魂

  葡萄園の草刈りで赤ちゃん二匹が住む草の巣を発見。

   何の赤ちゃんか分からないが、哺乳類なのでしょう。

   ブドウを食い散らかすアライグマかハクビシンかそれとも野ネズミか。生かすべきか手を下すべきかと悩みました。(ちなみに去年は害鳥の巣を発見し悩みました。)

   世の中では人間同士の殺人事件があとを絶ちません。人間でなくてもこんな赤子を殺すには気が引けます。

   悩んだ末、藁で覆い葡萄園の外の草叢に戻しました。

   結果としては、当園の被害が増えるかも知れませんが仕方ありません。

   命の深い尊さの前には手を下すことはできませんでした。

    微動する  赤子のいのち  春の園(呆悦)

f:id:tanba-hokkori-noen:20170510121301j:image