丹波ほっこり農園

三和ぶどう、野菜、養蜂、加工食品

近視眼的な発想こそ無責任?


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近視眼的に物事を考えるのが「真面目」と評価され、居心地が良い。

これが過疎地の農村の実態だなぁと感じる日になりました。

村の首脳達は、「過疎が進み、若者が少なくなり、農地の維持管理がだんだん難しくなり、ましてや村の特産品を創るなどの活性化のための方策など考える余地がないし、どうなるか分からない将来のために、私の役員時代にリーダーシップをとることはできない。」とぼやきます。

その一方で、どう考えても五年後には管理が難しくなるであろう不良農地の管理には執拗にこだわり、対処療法を真剣に考えます。

この近視眼的な発想が「真面目」と評価されます。

私には、「不真面目」としか写りません。

これが閉鎖的な農村の実態で、しがらみの中でプライドを持って長らく暮らしてきた人々の頭の構造になっています。

この村の生まれの私には、その気持ちは分からないでもないが、この際、プライドも評価もかなぐり捨てて、長いスパンでビジョンを示し議論していくのがリーダーの役割だと思います。

そんな姿勢こそが「真面目」と評価されるべきと思います。

そのビジョンは、見通しを誤り失敗するケースもあるでしょう。

しかし、ビジョンを示し、みんなで議論し判断したビジョンを真剣に実行しようとする姿勢を「不真面目」と批判する人は少ないでしょう。

春一番が吹いた今日、草叢から辺りの様子を窺うように頭を出した「ふきのとう」を味噌炒めにして食べました。

「程よい苦味」と味噌の「甘辛味」が口の中で拡がり調和し、ご飯が進みましたが村の活性化の寄合いでは、きつい苦味だけが残り、消化不良になりました。

     この珍味 伝え難しぞ ふきのとう(呆悦)