丹波ほっこり農園

三和ぶどう、野菜、養蜂、加工食品

農村の「士農工商」意識

   久しぶり聞く「士農工商」の話しです。

   江戸時代はこのランクの意識付けで庶民を統治してきたところですが、現在の「農」すなわち農民の意識について考えてみたいと思います。

   ほとんどが零細農家の山間農村においては、今も農家(兼業農家を含む。)には、この「士農工商」意識が連綿と続いていると感じています。

   もちろん、現在は「士」は存在しないので、「農工商」について論ずることになります。

   まず、「農」の中でも農業知識と一定の農地を持ち、毎年、一定の収穫量を確保している農民は篤農家として村中から尊敬の念で崇められています。収穫した農作物は派手に宣伝して売りません。静かに一定の昔からの取引先に出します。

   次に「工」は昔でいえば、鍛冶屋さんや大工さんなどの職人。今では工務店あたりでしょう。農民を対象に農具の修理や家普請をします。これも派手な宣伝はせず、静かに仕事をとってきます。この人達は農民のために仕事してくれますので、二番に高い地位にあります。

   そして、最下位の評価が「商」であります。すなわち、商いをする人を低く見るというより、農民は商売人を毛嫌いするのです。

    江戸幕府の統治政策は意図的に身分制度を導入し、庶民に意識付けをしてきましたが、それとは別次元で農民の肌感覚としての評価基準があったのです。

   では、商売人を毛嫌いする理由はなんなのだろうか。

   農民はその農村において毎日、コツコツと泥まみれになりながら働き、少ない稼ぎをしています。

   一方、商売人は、農村からまちにこぎれいな格好をし出掛け、口八丁手八丁で商品を動かし大きな額の取引をする。ときには、派手な宣伝をして人を呼び込み静かな農村が騒がしくなる。

   山間地の農村の自然のなかでは、地道にコツコツが一番重要な要素と考えられてきました。

  その中で、このような商売人の生き方自体が農民の肌に合わないと感じるようになり、商売人を毛嫌いするようになったのでしょう。人生観が百八十度違うのです。

   この綿々と続く意識の中で、農村で石を加工、販売する株式会社の農業事業部門の「丹波ほっこり農園」は、村人からは醒めた目で見られているのは、昔からの村意識からすれば当然です。

   当園としては、そんな社会の中で地域と共生しながら、株式会社の一部門としては、利益を上げなければなりません。

  当園は、今度とも、この昔からの因習めいた意識社会に一石を投じて新しい農村づくりを目指すとともに、あせらず地道に農業を営み地域に理解を得ていく努力も続けていくつもりです。

   なお、株式会社が農業参入を長い間認めて来なかったのは、今までお話ししました農村の「士農工商」意識社会があったからが、一番の理由ではなかろうかと思っています。

    方言や  長老達の  春会合(呆悦)


f:id:tanba-hokkori-noen:20170511050404j:image